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福泉寺

渋谷区 その他
お釈迦様の足型、あります。
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施設名 福泉寺
所在地 東京都渋谷区代々木5-2-1
紹介 代々木八幡の東隣にある天台宗の寺。荒井外記宗友(または智明)が西原に開いた草庵「智明院」を、寛文十一年(1671)に八幡社とともに初台に移したとき、山号寺号を称えた。代々木八幡の別当寺で、本尊は薬師如来。浄土宗だったが天台宗に改めた。観音堂にあった十一面観音は、平盛久の守本尊といわれ、享禄五年(1532)または永正十七年(1520)に小糸紋左衛門の祖先弥兵衛というものがこの辺りの土中から発見したものという。文化三年(1806)代々木山谷の清岸寺に納め「掘出稲荷」として祀った。この掘出稲荷は現在は3丁目の小糸家で所蔵している。境内に富士講の碑、六地蔵、板碑、写経供養塔、地蔵菩薩像が建っている。本堂は鉄筋コンクリートの打ちっぱなしの現代風の建物で、寺らしいデザインではない。八幡橋踏切からの参道は急坂で、初台の地名発祥に相応しい山となっている。

●読誦塔
 六地蔵の背に歴代住持の墓所があり、その中の右奥にある。 

●仏足石
 仏足石は釈迦の涅槃入り後、弟子たちが釈尊を偲んで刻んだものといわれている。陰刻された足型には、指に華文、指の間に縵網、内側から金剛杵・双魚・宝剣・花瓶、中央部には螺玉、踵にかけては二つの月王相、千輻輪および三宝標が刻まれている(福泉寺由来書)。

●篤信斎斎藤先生之墓
 墓地中ほどの枝振りの良い松の、その枝の下にある。青いといっても緑色の頭の尖がった自然石だからすぐに目に付く。篤信斎は幕末の剣豪斎藤弥九郎善道の号、武道家として剣と砲術に令名があった。その神道無念流の「練兵館道場」は初め飯田町に設けたが火事で焼けたので、九段坂上の火除地(靖国神社内)に再建した。靖国神社に跡碑が建っている。なぜそんな江戸の剣豪の墓がこんな片田舎にあるのか? 門人3000人余の中には桂小五郎・高杉晋作・井伊直勝など著名人も多かったが、弥九郎は道場から毎月何回か門人を連れてこの地を開墾し、自ら指揮して耕作を行わせ、砲台築造の練習もしたらしい。維新後は茶園を開いて「代々木茶」を起こし、村に多大の貢献をした。「代々木茶」「渋谷茶」は東京で評判のお茶だった。しかしやがて東海道線が開通し、静岡で安い茶が大量生産されるようになると、それに押されて「渋谷茶」「代々木茶」は寂れていった。
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