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永安寺

世田谷区 その他
樹齢数百年といわれる大銀杏!
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施設名 永安寺
所在地 東京都世田谷区大蔵6-4-1
電話番号 TEL:03-3416-2876
紹介 天台宗の寺。元々この寺は足利基氏の子関東公方氏満が鎌倉の大蔵ヶ谷に堂宇を開創し、曇芳周応大和尚を以て開山。その法号から長春殿永安寺と号した。こののち孫の持氏が将軍義教の上杉憲実軍に攻められた時に、持氏は寺に火を放って自害。持氏の遺命により生き残った家臣二階堂信濃守盛秀の子秀高(清仙上人)が寺の再興を願い、武蔵国中丸郷大蔵村を求めてここにやって来て再建したのが大蔵長春院永安寺だ。山号を龍華山と名づけたのは、鎌倉から龍華樹という桜の木を移植したことによる。院号は天台宗に改めた時に現院号に改めた。
 その後明暦の頃(1655~57)石井兼忠がその父兼雄の追福のため新しく堂宇を造修した。寛保二年(1742)にも再建されたが、現在の堂宇は昭和35年に草葺から瓦葺に改修したものを、平成12年に大改修した。本堂前に旧鬼瓦2基が据えられている。書院・庫裡は昭和45年の建築。その記念碑が本堂の前に建つ(昭和48年の建立)ほかに大灯籠2基。

●開山堂長春殿
 開創600年、再興500年の記念事業の一環として梅林(観音堂跡)跡に建立した。

●不動堂
 開山堂長春殿の建立に伴い、西3mのところから薬師堂の跡地に移築した。不動明王像の隣に慈恵大師像が下がっている。
 大師は「元三大師」「豆大師」「角大師」と呼ばれ、観音と不動の化身といわれる。

●六観音
 本尊の千年千限観世音菩薩・聖観世音菩薩・不空羂索観世音菩薩・十一面観世音菩薩・如意輪観世音菩薩・馬頭観世音菩薩をいい、准胝観世音菩薩を加えて七観音とする。

●石井至穀の墓
 永安寺本堂左脇の墓地にある。至穀は、大蔵村というよりは、寺前の石井家(現存)から出た。安永七年(1778)八月三日名主石井広昌の長男に生まれ、天明八年(1788)僅か11歳で江戸に出、高瀬隆斎の薫陶を受けた。翌年林家の学頭長坂徳右衛門の家塾に入門し、五経・小学・近思録などの講釈を受けた。しかるに寛政五年(1793)父に請われるまま名主役を継ぐこととなり、志半ばで大蔵村に戻った。至穀は村での生活に飽き足らぬ思いでいたが、文化六年(1809)御家人株を譲り受け、幕臣となって再び江戸に出るを得た。同九年(1812)には国学者屋代弘賢の許で『古今要覧』の編纂に従事し、その編纂過程で『江戸庄創建』を著している。ほかに『大蔵村旧事考・喜多見旧事考』『視聴年代記』などの著作がある。嘉永四年(1851)には書物奉行に昇進し、7年後安政五年(1858)には、布衣(ほい)を許された。その目覚しい出世振りは、日浦録著『玉川三登鯉伝』にも取り上げられた。文久元年(1861)病没。享年84歳だった。
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