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【イナリダイ】稲荷台の由来 

 江戸時代この辺りを知行した旗本新堀玄蕃が屋敷を構えて稲荷を祀った日暮里山を村人が「稲荷山」といっていたことにちなむ。環七通りを跨ぐ姥ヶ陸橋の南の住宅地。「板橋城跡では?」と考えられもしている。

 下板橋村の内。明治22年板橋町大字下板橋、昭和7年板橋区板橋町1~10丁目。同32年板橋町7・10丁目・志村清水町の各一部をあわせた町域を稲荷台とした。同45年新住居表示を実施して現行の「稲荷台」として今日に至っている。