世田谷区の変遷と由来等
世田谷区の変遷
現在の世田谷区の区域に入る江戸時代の41ヶ村は、慶応四年(1868)六月二十九日幕府領は武蔵知県事に属したのち、明治2年2月9日武蔵知県事を改めた品川県に所属、同4年11月5日品川県を廃して東京府に編入。井伊領は同4年7月14日廃藩置県により彦根県→同年11月22日長浜県となったとき東京府に編入、同7年3月8日大区小区制により東京府の第七大区・神奈川県の第十大区(9小区給田村、11小区大蔵村・喜多見村・宇奈根村・鎌田村・岡本村、12小区烏山村・船橋村・八幡山村・廻沢村・粕谷村・上祖師谷村・下祖師谷村)に編入され自治権を奪われる。この内務卿大久保利通の専制強圧政治に国民は猛反発、各地に大久保の専制を糾弾する武士の義挙が起こり、やがて自由民権運動に発展していった。その最たるものが西南戦争で、大久保が盟友西郷隆盛を屠ってまでも独裁権力にしがみついたので国民の怒りは頂点に達し、悪行の限りを尽くした大久保にも悪運の尽きる時は来て、同11年5月14日赤坂の仮皇居(迎賓館)に向かう途中の、麹町は清水谷の沢道で天誅を受け正義の刃の下に斬殺された。虎は死して皮を残すが大久保は死して「国家主義的官僚制度」という厄介を残してくれた。社保庁がいい例だ。天誅に仰天した内務官僚は国民の真の怒りを痛感して周章狼狽、右往左往してなすところを知らず、2ヶ月後の7月22日「郡区町村編制法」を施行して自治権回復を約し、大慌てに大区小区制を引っ込めると、11月2日に東京府荏原郡を、11月18日には神奈川県北多摩郡を復活、さらに同22年5月1日には初めて自治権を認め、「市制町村制」により荏原郡下4ヶ村(世田谷・松沢・駒沢・玉川)・北多摩郡下2ヶ村(砧・千歳)に集約し、同26年4月1日三多摩地区を神奈川県から東京府に戻し、大正12年4月1日世田谷村が、同14年10月1日駒沢村が町制に移行した。
昭和7年東京市周辺郡部を市に編入して20区を増設することになり、世田谷町・駒沢町・松沢村・玉川村の2町2村で1区(67町)となり、世田谷町が最大かつ他町村を圧して繁栄していたので区名を世田谷とした。同11年10月1日北多摩郡砧村・千歳村を区に編入し、83町で現在の区域が確定した。同18年7月1日内務官僚は東京市の自治権がいよいよ強大化するのを恐れ、「府県制」を廃して新たに「都制」を定め、東京府と東京市を廃して東京都を誕生させた。しかし私利私欲を以て直轄管理を目論んだものの、軍部が殲滅を豪語して挑んだ対米戦で叩きのめされ、あにはからんやアメリカの植民地・属国とされるの憂き目にあってしまった。同21年9月27日民主化を急ぐアメリカは内務官僚虎の子の「都制・府県制・市制・町村制」をあっさり改正して地方自治体の首長の選任を任命制から公選制に改めた。これに驚愕した内務官僚は公選制の撤回を愁訴嘆願したが、情けないことに、鬼畜と断定したアメリカ人に「専制と私利私欲を以て国民の上に君臨することは人倫の道に悖ることだ」と諄々と説得され漸くにして理解した。しかし国家主義的官僚主義は、専制をこそ第一義に考える傾向にあり、自治省→総務省と名は改めても虎視眈々其欲逐々と大久保と同じ夢を見続けている。同22年3月15日戦禍のため疲弊した都心区を復興させるため廃置分合により22区に削減、同年4月17日市制町村制を廃して「地方自治法」を施行、漸くにして民主化の入口に立った訳だ。しかし日本人が江戸時代の平和な暮らしを取り戻せるのは何時のことやら・・・・8月1日板橋区より練馬区が独立して「23区制」が確立して今日に至っている。
昭和52年61町、平成18年現在は45町。区役所は世田谷4丁目にある。姉妹・友好都市は、ウィニペグ市(カナダ)・ウィーン市ドゥブリング区(オーストリア)・バンバリー(オーストラリア)・群馬県川場町。美術館・文学館・図書館・資料館(代官屋敷に併設)は充実しており、地域資料も豊富、文化行政は23区中1、2争うほど。文化施設は五島美術館・静嘉堂文庫・大宅荘一文庫・駒沢オリンピック公園・砧公園・祖師谷公園・羽根木公園・次太夫堀公園・岡本民家園・馬事公苑・豪徳寺・九品仏などがあり、区内は高級住宅地が多く純粋に緑の住区で総合的に全国一の環境にある。世田谷区の由来
瀬田に準ずるが、「せたかい」「せたかえ」ともいい、世田ヶ谷・世太ヶ谷・瀬田ヶ谷・瀬田茅・瀬田萱などに書いた。世田谷は「瀬田の谷地」をいい、「世田ヶ谷戸」を略したものだが、現在の世田谷区は荏原郡覚志(かがし)郷と多摩郡勢田郷をあわせた範囲で、世田ヶ谷の初見は鶴岡八幡宮文書にある「世田谷郷」だが、世田谷区世田谷は、世田ヶ谷が世田谷郷の汎称(地域名)となってからその中心地として呼ばれた政治的呼称だ。つまり世田谷区世田谷のところに世田ヶ谷戸があった訳でなく世田谷郷の世田谷を拝借した訳。中世の世田谷城も「世田谷郷を支配する意図を以て」命名されたもので、政治的呼称で呼ばれる以前の呼び名は判らない。同じような命名に足立区足立、目黒区目黒本町がある。地形名としての世田ヶ谷は、「瀬田」を参照されたい。
区鳥:オナガ
東部シベリア、中国、日本に分布し、日本では関東平野に多い鳥。頭が黒く、淡い青色の長い尾が特徴で、体全体は灰色がかった水色。区花:サギソウ
白い3センチほどの花の形が白鷺そっくりなラン科の多年草。九品仏付近には、この花にまつわる言い伝えや伝説が残っている。常盤伝説。区樹:ケヤキ
幹が太く、枝はほうき状にまっすぐに伸びる大木。区内各所に見られる。4~5月ごろ新芽と同時に淡い黄緑色の小さな花をつける。




