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【スガモ】巣鴨の由来 1丁目~5丁目
南北朝の頃には見え、須賀茂・菅面・洲鴨・州処面などに書く。正確な由来は判らない。大塚と滝野川の間にあって既に交通の要衝だったようだ。大きな池があって鴨が群れていた説が有力だが絶対ではない。州のある処に面して居る村説も捨てがたい。州処(すが)は川の砂洲をさす言葉だからだ。一面の砂の湿地だとしてもおかしくない環境にある。隣は池袋(洪水時に遊水池となる湿地)であり、金井窪(鉄分の湧水がある湿地)だ。ただ『江戸情報地図』によれば大塚駅のところに池が集中しており、千川分水もここを通っているのでここが巣鴨だろうか?
『小田原衆所領役帳』に菅面之内中丸と見えるのが板橋区中丸だという。巣鴨と中村の間に金井窪と池袋がある。谷端川の湿地帯で夥しい池が袋になったところにあった。巣鴨はこの辺りなのだろう。①巣鴨村字下新田・平松・宮下。②巣鴨町。明治5年②巣鴨町は巣鴨1~4丁目となり、同11年「郡区町村編制法」により小石川区巣鴨1~4丁目となる。同22年「市制町村制」により①と②・上駒込村・駒込染井町・駒込妙義坂下町が合併して北豊島郡巣鴨町。昭和7②は東京市に併合されて豊島区巣鴨町1~4丁目に、①は豊島区巣鴨5~7丁目になった。同45年新住居表示により巣鴨1~4丁目と5丁目の大部分に駒込5丁目・西巣鴨4丁目をあわせた町域を現行の「巣鴨」とした。同時に5丁目の一部と6~7丁目は北大塚1~2丁目に譲った。4丁目に庚申塚、5丁目に本妙寺がある。




