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【ギョウコウ】仰高小学校

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■仰高尋常高等小学校 → 仰高国民学校 廃校

 駒込5丁目1番、染井霊園の東側にある区立校。「ぎょうこう」と読む。明治9年駒込富士前町70番地の長源寺において「第四中学区第十八番公立小学仰高学校」として開校。校名は『論語』の「孔子の教えは仰ぎ見ればいよいよ高し」から採用した。同12年学制が廃され教育令に変わり、学区番号がなくなり「迎高小学校」と改称。同13年町内に私立校があることと、前年の15区制施行により地理的矛盾が生じたため経営難となり休校。同17年駒込村1300番地に、高等科を併置して「駒込小学校」として再開。同20年小学校令により義務教育(4年)が確立して「駒込尋常高等小学校」と改称。同22年本郷区の管理となる。同24年本郷区の管理を離れ巣鴨町1丁目に移転。「東京府北豊島郡仰高尋常高等小学校」と改称。8月巣鴨町大字巣鴨1丁目13番地に新校舎を建て移転。同39年巣鴨町大字巣鴨2丁目48番地に新校舎を建て移転。
 大正2年4月巣鴨町大字上駒込字東稲葉谷津265番地の駒込幼稚園に分教場を設置。9月巣鴨町大字巣鴨字平松の天神山に分教場設置。同6年駒込の分教場が分校し「仰高東尋常小学校」として独立。同8年天神山の分教場を分校し「仰高西尋常小学校」として独立。同15年校歌制定。

【校歌「大いなるかな」】 作曲・五十嵐力  作曲・山本正夫

  1.大いなるかな大東京
    清々しきや巣鴨なる
    み空仰ぐ学び舎
    我らが仰高小学校
    この学び舎に学ぶ吾等
    進め登れ遠く高く

  2.人各々の性により
    実践躬行怠らず
    各々個々の器なす
    個性よ体験創造よ
    三つの標語を守りつつ
    進め登れ遠く高く

  3.所は日本の帝都なり
    時は昭和の大御世ぞ
    名は高きをば仰ぐてふ
    
重畳る恩寵 畏(かしこ)みて
    進め登れ遠く高く

   ※昭和5年「重畳る恩寵(かさなるめぐみ)」を「かさなる恵」に改訂。作詞者は早稲
    田大学教授、作曲者は豊島師範学校教諭。

 昭和3年「仰高北尋常小学校」を分校。同7年北豊島郡の東京市併呑により「東京府東京市仰高尋常高等小学校」と改称。同16年勅令148号国民学校令により「東京府東京市仰高国民学校」と改称。同18年都制施行により「東京都仰高国民学校」と改称。同20年4月東京西部大空襲により校舎全焼失。教室が無くなって豊島第二国民学校や仮校舎で分散授業。仰高東国民学校と共に三菱思斉寮で授業。同21年仰高東国民学校に吸収され廃校。

■仰高小学校 復興
 同22年学制改革(学校教育法施行)で「仰高東国民学校」は仰高国民学校の跡地に新校舎を建て「東京都豊島区立仰高小学校」と改称。同24年旧仰高東の学区を分離し「駒込小学校」と改称して移転。残った仰高小学校を廃校となった仰高国民小学校の継承校として復興。
 平成12年地方自治法改正に伴う学校教育法により、校名から東京都の冠称が取れ、「豊島区立仰高小学校」と改称

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