【ニシスガモ】西巣鴨小学校

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西巣鴨1丁目27番にある区立校。明治43年時習分教場、同41年に廃校となった明治女学校寄宿舎(2丁目14番西巣鴨幼稚園の辺)を仮教場として授業開始。大正2年独立し巣鴨村大字巣鴨字新田769番地に「第一巣鴨尋常小学校」としてに開校。346名でスタート。
【校歌「谷端の流れ」】 作詞・宮崎力次郎 作曲・山本正夫
1.谷端(やばた)の流れ いと清き
巣鴨の里に地を占めて
甍聳ゆる学び舎に
集う我等の楽しさよ2.遥かに見ゆる富士ヶ嶺の
清く雄々しき心持て
谷端の川の耐えぬ如
いざ勤しまん国のため昭和2年西巣鴨第六尋常小学校を分校。同3年第一~第五巣鴨は、それぞれ西巣鴨第一~第五に改めることになり、本校は「西巣鴨第一尋常小学校」と改称。
【校歌「昔は名所(などころ)」】 作詞・不明 作曲・武田瀧三郎
1.昔は名所 霊域札所
大日堂下に今はも学園
国の進めの若木が育つ
いざ大日本の青史を飾らん
我等 我等 第一西巣鴨2.朝日燦たり学びの印
朗らに伸びん 身は剛健に
熱烈の業 補い助けて
いざ大日本の宝となりけん
我等 我等 第一西巣鴨3.此の日の丸の輝き見ずや
学内隈なく国威籠もりて
校内各所に生気は動く
いざ大日本の国旗(みはた)となりなん
我等 我等 第一西巣鴨
同5年西巣鴨第七尋常小学校を分校。同7年北豊島郡の東京市編入により「東京府東京市西巣鴨第一高等小学校」と改称。同11年池袋第一尋常小学校を分校。同16年勅令148号国民学校令により「東京府東京市西巣鴨第一国民学校」と改称。同18年都制施行により「東京都西巣鴨第一国民学校」と改称。同19年8月長野県長倉温泉に学童集団疎開。同20年東京西部大空爆により校舎全焼。
同21年西巣鴨第四国民学校(今の朝日小学校)と合併したが、校舎はなかったので、西巣鴨第二国民学校や重林寺などに分散して授業。職員室は大塚台小学校にあった。同22年学制改革(学校教育法施行)により「東京都豊島区立西巣鴨小学校」と改称。同27年ごろ学校のシンボル〝椎の木〟をPTAが植樹。この頃校歌制定。【校歌「薫りも床しき巣鴨の丘に」】 作詞・本橋京二 作曲・武田瀧三郎
1.薫りも床しき巣鴨の丘に
聳えて建ちたる我等が学び舎
春は桜の花雲湧きて
気高き富士を遥かに望む
我ら 我ら ああ西巣鴨2.明るく清く身も健やかに
日毎日毎に伸び行く我ら
良き師の訓え楽しく実り
学びの庭に希望は躍る
我ら 我ら ああ西巣鴨3.栄の光 幸ある我ら
互いに手を取り労わり助けて
古き歴史の誇りを胸に
共に進まん理想の彼方
我ら 我ら ああ西巣鴨同47年鉄筋コンクリート造り校舎完成。同38年創立50周年記念式典。同58年体育館改修。
平成2年校庭舗装。同4年プール改修。同8年フィールドアスレチック完成。同12年地方自治法改正に伴う学校教育法改正により、校名から東京都の冠称が取れ、「豊島区立西巣鴨小学校」と改称。同15年校舎・体育館耐震化。開校90周年記念式典。





